『穴』と『壁』と。それを乗り越える『力』を。
2001年3月6日私が作ったかも知れない『穴』
あなた自身が築いてしまったかもしれない『壁』
でも
それらを乗り越える『力』を
私たちが持つ事ができれば
『絶対、大丈夫だよ』
+++++ +++++ +++++
昼間っから更新しています
何を考えていいのかわからなくなっている自分が居ます
朝8時半、千夏君から電話がありました
起こされて朝ごを買って来いと
コンビニへ買物を頼まれたのだそうです
本当にちょっとした電話でした
時間にしてわずか2分弱
なんだか切なくなってきました
千夏君の睡眠時間はわずが2・3時間
あたしは…というと千夏君をしてたメールのやり取りを
終えた2時過ぎから昼の1時まで熟睡
8時半に千夏君から電話があって
その後も懲りずに寝ていたというわけです
今は起きているのが辛かった
時間を感じたくなかった
何かあったらメールをくれるかな…?
そんな期待も残しつつ、携帯の着信音を大きくして
すぐに気付くように枕元に置いていました
昨晩、今日は母とまたジムに行こうと話していました
けれどジムに行ってる間に千夏君から電話が来たら…
私、千夏君と「今回はいつでも携帯を離さないから」
と約束したんです。だから千夏君の電話に気付くから…って。
私のことだから、きっとプールで泳ぐ事になると思います
ジムに居る間はメールにも電話にも気付いてあげられない
母と居る以上、電話もあまり出来ない
…そんなのはイヤだった
布団の中にいながら
母の「ジムに行くわよ」という言葉も
「今日はダメなの」の一点張りで…
お母さん、本当にごめんなさい…
あれから電話は来ない
メールも来ない…
今頃…何してるのかな…
もう斎場に向かってるのかも知れない
そういうことを考えると
自分の祖父の葬儀を思い出した
私の祖父は私が高校1年の時に亡くなりました
ちょうど我が家が店を始めて1ヶ月経たない頃でした
店を放っていけないので母を残して3人で向かいました
祖父は92歳でした
ちょうどこの年は私が高校入試、親は脱サラして新店準備と
忙しかったのでロクに帰省も出来ず、前に元気な祖父に会ったのは?
というくらい前でした。久し振りに見た顔が……
斎場へは、私は祖父の遺影を抱いて向かいました
遺骨を壺に収め、でも店や学校の授業などもあるので斎場から
空港に直行しました
そういうことを思い出したのです
ちなみに祖母は去年…葬儀の時は弟と2人で、
四十九日法要の時とこの間の一周忌の時は一人で家に残りました
その日の配達とか品出しとかやってたんですよね
あたし、顔どころか遺骨も見てないんです…祖母の…。
一人が辛かったので四十九日の時は前カレが
そして一周忌の時は千夏君がずっと居てくれました
一周忌は行けない事もなかったのですが時期がテスト前だったし
何時になるかわからなかったので前々から行けないと言って
その上で千夏君に来て欲しいといってたのです
あぁぁ…何か暗い話だなぁ
何やってんだろ、あたし…
タイトルは
今回、こういう日記を書いていろんな意見を頂いて
思ったことの結果…って言うのかな??
人生には「穴」や「壁」がたくさんあって
それを乗り越える力を持つ事ができれば先に進む事ができる
その力は自分ひとりで手にしなければいけない時もあるし
誰かと力を合わせて乗り越えるべきところもある
こうしてヒトって成長していくんだなぁ〜って思いました
いろんな言葉をくれた皆さんへ
どうもありがとうございました
私は大丈夫です
きっと千夏君を支えてあげられると思います
また笑顔で千夏君に「だ〜〜〜い好き♪」って言える
今のあたしは、「絶対に、大丈夫」
あなた自身が築いてしまったかもしれない『壁』
でも
それらを乗り越える『力』を
私たちが持つ事ができれば
『絶対、大丈夫だよ』
+++++ +++++ +++++
昼間っから更新しています
何を考えていいのかわからなくなっている自分が居ます
朝8時半、千夏君から電話がありました
起こされて朝ごを買って来いと
コンビニへ買物を頼まれたのだそうです
本当にちょっとした電話でした
時間にしてわずか2分弱
なんだか切なくなってきました
千夏君の睡眠時間はわずが2・3時間
あたしは…というと千夏君をしてたメールのやり取りを
終えた2時過ぎから昼の1時まで熟睡
8時半に千夏君から電話があって
その後も懲りずに寝ていたというわけです
今は起きているのが辛かった
時間を感じたくなかった
何かあったらメールをくれるかな…?
そんな期待も残しつつ、携帯の着信音を大きくして
すぐに気付くように枕元に置いていました
昨晩、今日は母とまたジムに行こうと話していました
けれどジムに行ってる間に千夏君から電話が来たら…
私、千夏君と「今回はいつでも携帯を離さないから」
と約束したんです。だから千夏君の電話に気付くから…って。
私のことだから、きっとプールで泳ぐ事になると思います
ジムに居る間はメールにも電話にも気付いてあげられない
母と居る以上、電話もあまり出来ない
…そんなのはイヤだった
布団の中にいながら
母の「ジムに行くわよ」という言葉も
「今日はダメなの」の一点張りで…
お母さん、本当にごめんなさい…
あれから電話は来ない
メールも来ない…
今頃…何してるのかな…
もう斎場に向かってるのかも知れない
そういうことを考えると
自分の祖父の葬儀を思い出した
私の祖父は私が高校1年の時に亡くなりました
ちょうど我が家が店を始めて1ヶ月経たない頃でした
店を放っていけないので母を残して3人で向かいました
祖父は92歳でした
ちょうどこの年は私が高校入試、親は脱サラして新店準備と
忙しかったのでロクに帰省も出来ず、前に元気な祖父に会ったのは?
というくらい前でした。久し振りに見た顔が……
斎場へは、私は祖父の遺影を抱いて向かいました
遺骨を壺に収め、でも店や学校の授業などもあるので斎場から
空港に直行しました
そういうことを思い出したのです
ちなみに祖母は去年…葬儀の時は弟と2人で、
四十九日法要の時とこの間の一周忌の時は一人で家に残りました
その日の配達とか品出しとかやってたんですよね
あたし、顔どころか遺骨も見てないんです…祖母の…。
一人が辛かったので四十九日の時は前カレが
そして一周忌の時は千夏君がずっと居てくれました
一周忌は行けない事もなかったのですが時期がテスト前だったし
何時になるかわからなかったので前々から行けないと言って
その上で千夏君に来て欲しいといってたのです
あぁぁ…何か暗い話だなぁ
何やってんだろ、あたし…
タイトルは
今回、こういう日記を書いていろんな意見を頂いて
思ったことの結果…って言うのかな??
人生には「穴」や「壁」がたくさんあって
それを乗り越える力を持つ事ができれば先に進む事ができる
その力は自分ひとりで手にしなければいけない時もあるし
誰かと力を合わせて乗り越えるべきところもある
こうしてヒトって成長していくんだなぁ〜って思いました
いろんな言葉をくれた皆さんへ
どうもありがとうございました
私は大丈夫です
きっと千夏君を支えてあげられると思います
また笑顔で千夏君に「だ〜〜〜い好き♪」って言える
今のあたしは、「絶対に、大丈夫」
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